胸部X線診断について

胸部単純写真の撮影は、世界中で最も一般的な画像診断法である。特に、わが国では広く施行されれており、病院施設のみならず、学生検診、企業検診、住民検診そして肺癌検診まで含めれば、年間に数千万件の撮影が行われていると考えられる。心電図などとともに、最も一般的な臨床医の基礎となる医療診断技術の一つである。

そして、対象となる疾患は、肺がん、肺結核、肺炎などが一般的に良く知られているが、それ以外にも、心臓等の循環器疾患や胸膜・縦隔疾患まで含まれるため、大変に多種多彩である。

そして誰でも簡単に読影を開始できるため、安易に取り組むと大きな失敗をおかしてしまう可能性の大変に高い分野であることも常に忘れないようにしたい。

より専門的な情報

胸部写真の読影は、まさに単純写真と呼ばれるだけあって簡便かつ単純な臨床業務である、甘く考えて仕事をしていると、時に痛い目にあってしまう。
しかし、見落としを恐れあまり慎重になりすぎてしまうのも問題で、単純写真の読影に自信がないからといって、胸部CTを安易に依頼するような態度は慎むべきだと思う。そして、明らかな「見落とし病変」と、後で見直して初めて病変が存在していることが分かる「見直し陽性病変」とは分けて考えてゆく必要があり、絶対に見落としをしない完璧な読影レベルにまで到達することは、どんなに経験を積んでもまず不可能と思っていた方がよい。

胸部のレントゲン写真を正確にかつ効率よく読影するためのポイントについて述べてみる。

①X線解剖と破格

すべての画像診断に共通することですが、まず解剖学に準じた正常のX線解剖をよく理解しておくことが、画像診断学の基本です。胸部単純写真の場合、最初からはあまり細かい正常解剖の知識は必要ないかもしれませんが、一見病変の様に見えてしまう正常の破格normal variantを良く理解しておくことは大切です。これらに関しては多くの胸部画像診断の教科書に詳しく述べられているので、そちらを参考にして勉強してください。そして沢山の正常の胸部写真を読影していれば、これらの知識は自然と身に付いてくると思います。

②異常パターンの認識

次に見つけた異常陰影をどのようなパターンに分類するか、正確に判断する必要があります。 また、肺癌や結核など、各疾患ごとの画像所見も同時に学ばなくてなりませんが、呼吸器疾患は画像所見の疾患特異性が少ないため、臨床の場では異常陰影の画像パターン認識から鑑別疾患をあげることの方が重要です。画像パターン分類も教科書により多少は異なりますが、はじめは肺結節腫瘤影、肺葉・区域性陰影、びまん性陰影、肺門影腫大、縦隔病変、胸水貯留など頻度が高く重要なものからだんだんに入っていくと良いでしょう。まず異常陰影を正確にパターン認識し、鑑別疾患を絞り込んでから、臨床情報と合わせて鑑別診断や検査計画を立てて行くことが、胸部診断学の正道です。

③一定の視線の動き

胸部写真の見落としをできるだけ少なくする読影の基本は、患者の臨床情報などにとらわれず、まず一定の視線の動きで写真全体をくまなく追うことが大切です。このことは、言うのは易しいですが、実際の臨床の現場ではなかなか簡単にはいきません。たとえば、心肥大の評価目的で撮影した写真では、心陰影を測定した後、肺野の検索はどうしてもおろそかになってしまいます。また、入院時等のスクリーニングで撮影された胸部写真に対して、誰もが充分に注意を払って読影していると、自信を持っていえるでしょうか?胸部写真を前にして、常に一定の視線の動きで写真をくまなく観察する習慣を研修医の時に身に付けることが大切と思います。

④左右肺野の比較

実際に胸部単純写真を読影影する際の、最も基本となる視線の動きは、左右肺野の比較読影にあります。肺尖部から始まり同じ高さの肺野を丁寧に左右比較しながら、肺底区まで読影する習慣が大切です。特に肺尖部は、肺野病変が多いにもかかわらず鎖骨と肋骨が重なり見落としやすいため、注意深く念入りに左右の比較読影をしましょう。同様に、肺門部に重なる肺野病変も、ときどき肺門陰影の左右の濃度差としてのみ表現されることがあるため注意深い観察が必要です。またレントゲン写真上黒く写るいわゆる肺野は、肺容積の全てを表している訳ではなく個体差もあると思いますが、だいたい2割程度の肺容積は心臓大血管や横隔膜下に隠れていると考えた方が良いでしょう。そのために、常に心臓陰影の中や横隔膜の下まで視線を動かしながら読影する必要があります。

⑤中央陰影

肺野病変の次に重要なのは、中央陰影の読影です。
心臓の形と大きさの評価は、心エコーの発達した現在も、簡便性から臨床的には重要ですが、この項の記述の目的ではないため、ここでは省かせていただき、縦隔陰影の評価を中心に述べます。前縦隔腫瘍は心陰影に重なるため、かなり大きくならないと胸部写真正面では指摘することは難しく、側面像の方が胸骨後部透亮帯内の病変として捉えやすいです。中縦隔腫瘍もよほど大きくならないと胸部写真正面像から指摘することは困難で、側面像も前縦隔腫瘍ほど有用とは思えません。後縦隔腫瘍はほとんどが神経原性腫瘍で、椎体周囲に発生するために、他の縦隔腫瘍と比べれば見つけやすいようです。中央陰影に完全に重なってしまったものは難しいですが、上縦隔などでは、少し中央陰影から飛び出していたりしていると、注意して観察すると見えてくる例があります。特に右上縦隔では、外側への膨らみと傍気管線に、左側上縦隔ではA-P Windowに注目し読影することでリンパ節腫大や縦隔腫瘍を偶然に見つける頻度は意外と高いものです。

また頚部も胸部写真には含まれているので、縦隔気腫の際に伴う頚部の皮下気腫や気管を押すような腫瘍も見落とさないように注意してください。特に頻度の高い頚部の腫瘍として甲状腺腫の頻度が圧倒的に高く、甲状腺腫そのものを胸部写真で描出することは無理でも、気管の「く」の字状の変位から、かなり小さな甲状腺腫も診断することが出来ます。また、縦隔気腫の所見はしばしば大変に軽微なため診断は難しくても、頚部の皮下気腫は比較的簡単に見つけることが出来ることも知っておいてください。

小三J読影法

今迄、肺野をくまなく視線で追うことの重要性をお話しましたが、実際の場では漠然としてなかなか身に付けて読影することまでにはいたらないかもしれません。そこで私が考えた視線の追い方としての読影法である「小三J読影法」について解説してみたいと思います。この読影法は何も名前を付けて呼ぶほどの特別なものではないのですが、成書に記載されている他の胸部写真の読影法の多くが、実際の読影に際してあまりに詳細煩雑であったり、左右の比較読影の重要性に注目していなかったりするため、簡単に視線の動きに注目し名付けた読影法です。「小学校3年J組読影法」の方が覚えやすいかもしれません。

まず、気管透亮帯と左右の肺尖部を「小」の字を書くように視線を追います。最初に縦の直線「|」として、気管の走行と径に注目します。成人の気管は真直ぐに走行し、内径はほぼ等しく2cm程度です。気管分岐部・分岐角まで追います。喘鳴のある患者では、特に気管の内径にびまん性狭窄を来たす再発性多発軟骨炎などの疾患や気管腫瘍などが見つかることもありますが、いずれも極めてまれな疾患です。実際の臨床の場で見つけるびまん性の気管狭窄のほとんどはサーベル鞘気管と呼ばれる生理的な変形で、COPDの症例にもみられますが、あまり病的意義はありません。気管が頚部で「く」の字に曲がって見えるときは甲状腺腫の可能性が高い所見です。実際に日常の診療の場では、胸部写真の気管の変化からかなりの頻度で甲状腺腫が見つかります。多くは良性ですが、当然ながら甲状腺癌のこともありますので、頚部の超音波検査が必要となります。気管分岐角の開大は、縦隔腫瘍やリンパ節腫大による圧排でも認めますが、僧房弁狭窄症などに伴う左房拡大でよく見られる所見です。

次に「小」の字視線の動きで、左右比較しながら肺尖部の肺野に注目しましょう。肺尖部は前に述べた様に重要な疾患の頻度が高く、かつ鎖骨や肋骨が重なり病変を見落とし易いため特に注意して読影したい部位です。よく知られているように肺結核の好発部位ですし、肺癌も多く見られます。また小さな気胸は肺尖部に微細な線状影として現れてきます。肺尖部肺野は前肋骨、後肋骨に加え鎖骨が重なり、また第1肋軟骨部も骨化して病変を隠してしまうこともあります。このようは骨に重なり隠れた病変を指摘するために左右の比較がどうしても必要になってくるのです。

始めに気管走行と肺尖部肺野の左右比較する「小」の字の視線の動きが、臨床的にはもっとも大切といえるかもしれません。

次に、左右の肺野を上肺野・肺門・下肺野と視線を動かしながら観察します。この際に特に「三」の字にこだわる必要はないかもしれません。同じレベルの肺野を左右比較しながら上肺野から肺底区まで観察していくのですが、その際に肺門に注目することが、読影のポイントになります。肺門陰影に関しては、大きさや形そしてその高さの評価が大切と多くの教科書に書かれています。でも実際には、肺門自体の疾患(リンパ節腫大等)より、肺門に重なる肺野病変の方が、頻度も高く臨床的にも重要なことが多いのです。肺尖部と同様に、肺門部に重なる肺野の病変は、しばしば病変自体が肺門に隠れて見えてきません。しかしそのような症例でも、左右の肺門の濃度差として捉えることができることを忘れないようにしましょう。

最後に「J」の字の視線の動きは、慣れないと難しいかもしれませんが、縦隔や心臓そして横隔膜下に隠れている肺癌などを見落とさないために必要です。まず「―」の字で大動脈弓の高さの中央陰影に注目し左右に視線を動かしてください。この部分の正確な解剖を知っていると、読影力の差が最も目立つ部位と言うことが出来ると思います。右上縦隔線を形成する右旁気管線、奇静脈弓、上行大静脈の走行、左ではA-P Windowと大動脈弓の関係を理解しておく必要があります。次に「j」の字で心陰影に重なる肺野と下行大動脈のシルエットに注目しましょう。心陰影に重なる左下葉の肺癌の頻度は意外と多いものです。「j」の視線は横隔膜の下まで追ってから、右の横隔膜下まで観察して終わります。この際に、空気で膨らんだ胃泡の変形から胃癌や粘膜下腫瘍を見つけることもあります。心臓や横隔膜の隠れた陰影を探すことも大切ですが、下行大動脈のシルエットの消失から肺炎の存在を疑ったり、この不整な走行から高安大動脈炎と診断したりするきっかけとなることもあります。

画像と臨床情報

症状・症候など正確な臨床情報は正確な診断に必須です。はじめは臨床情報に捉われないで写真をまずくまなく視線で追う習慣をつけることが大切であると強調しましたが、異常所見を捉えた後は、患者の症状やさまざまな血液データなどの臨床情報が必須です。この画像所見と臨床情報の組み合わせから正確な診断を導いたり、適確な最終診断への検査計画を立てたりすることが臨床の醍醐味ということができます。たとえば粟粒陰影を来たす疾患を見つけたとき、鑑別に最も重要なことは、発熱の有無にあると思います。転移やサルコイドーシスは無熱であり、粟粒結核はしばしば40度近い高熱を来たすこともまれではありません。また前縦隔腫瘍の鑑別診断に重要なのは、患者の年齢であり、思春期ではほとんどが奇形腫で胸腺腫の多くは40歳以上の年齢層でみられます。このような組み合わせは無数にありますから、なかなかまとめて覚えることは困難です。多くのカンファランスや研究会に参加したり症例報告に頻繁に目を通しておかないと、自験症例の積み重ねや教科書からの知識だけからでは無理でしょう。また、最初に読影した時に気が付かずに症状を参考にして、目的の疾患の有無を探すと見つかってくることもまれではありません。たとえば若年者の胸痛の症例を例にとると、はじめ読影したときには何もないと思っていても、突然の胸痛と患者が痩せた長身という情報から気胸を疑い、肺尖部を注意してもう一度観察すると、肋骨の走行に重なるように気胸の臓側胸膜線が見えてくることはよく経験するのではないでしょうか?

画像と症状・臨床情報を組み合わせて診断することの重要性を強調しましたが、無症状であることや血液などのデータに異常がないことも、重要な臨床情報となりえることも忘れないようにしてください。

たとえば、最近に話題となることの多い、肺血栓塞栓症を例にとってみましょう。以前には日本人には見られることの極めて少ない疾患とされていましたが、食生活の変化か、ただ単に高速撮影の造影CTの出現により診断が容易になっただけかは分かりませんが、今日では極めてありふれた疾患となっています。教科書を使って勉強すると肺動脈血栓塞栓症の画像所見の多くは、胸水貯留、板状無気肺、Knuckle sign, Hampton’s humpなど陽性所見に関して述べられております。実際には肺血栓塞栓症の80%の症例で胸部写真は正常であり、Westermark signと呼ばれる透過性亢進所見などの陰性所見を指摘することはなかなか困難です。すなわち低酸素血症をともなう突発性胸痛患者で胸部写真が正常な時は、肺血栓塞栓症を否定するのではなく、逆に本症を疑い胸痛の発現の仕方や下肢静脈血栓の有無について詳しく問診する必要が出て来るわけです。

すなわち、画像診断といっても、いつも異常所見を見つけようとする努力だけではなく、このように胸部所見が正常と判断することが、診断に有効な疾患もあるということも知っておきましょう。

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